【泣いた】「最後まで住民を守り続けた警察官」見るも無残な姿で展示された1台のパトカー、その真実に涙

■住民を守るため、最期までパトロールを続けた警察官



2011年3月11日、このパトカーには増子洋一警視(当時41歳)と佐藤雄太警部補(当時24歳)の2人が乗車していました。

あの地震が発生した直後、住民に避難を呼びかけるため双葉郡の富岡町仏浜地内を走りまわっていたのです。

そんな中、津波の脅威が彼らに襲いかかりました。



パトカーは激しい力によって流されていき、1か月後、陸地から30km離れた沖合で増子警視の遺体が発見されました。

佐藤警部補は未だ、行方不明のままです。





その後警察署に運ばれたパトカーのもとへ、たくさんの人が手を合わせに訪れたといいます。

それを受け、福島県警察は町民や遺族と協力し『後世に伝えること』を目的として警察署にこのパトカーを設置することにしました

傍に立てられた看板には、こう記されていました。
このパトカーは、震災直後の初動対応として津波が近づく緊迫した時間の中、使命感と勇気を胸に多くの住民を守るために職務を全うした人たちがいたこと、そして平穏な町をおそった地震や津波の威力のすさまじさを示すものであり、東日本大震災を象徴する歴史的な資料として貴重なものです。



1人でも多くの住民を守るため、危険な状況でも呼びかけを続けた2人の警察官。

彼らの行動によって、きっと多くの人が救われたことでしょう。



増子警視と佐藤警部補の勇敢な行動に、心から敬意を表します。

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