【泣いた】6歳の少年に告げられた悲痛な宣告、ガンを告知された息子が母に残した言葉に涙

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わずか6歳の少年が告げられたのはとても悲痛なものでした。

「ママ、本当の僕の病気はなに?」

咄嗟の判断でガンであることが知らされた少年は何を思い、何を考えその命を散らしていったのか。

8年という短い人生を必死に生き抜いた少年が残した言葉に涙が止まりません。



「ママでなくてよかったよ」



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「残念ながらがん細胞が骨髄まで入り込んでおり 余命は早くて年内かもしれません」

シングルマザーとして育ててきた6歳9か月の我が子重信の病状について担当の先生から残にもそう告げられたのは1993年秋のことでした。

1か月後、小さな身体への抗がん剤投与が始まりました。

重信は痛みに耐えかね、治療の拒否。

看護師への挑発的な態度を続けます。

ある日、彼は私に訴えたのです。
「ママ、本当の僕の病気はなに?

注射とか薬とかものすごく辛いんだ。

なんでこんな思いしないといけないの?」

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必死に尋ねる彼に、これ以上事実を隠し通すことはできませんでした。
「よく聞いて。

シゲくんの病気はがんといって、とても怖い病気なの。

ママも先生も、治ってもらいたいから注射したりお薬を飲ませてるの。

シゲくんに生きてほしいもの」

咄嗟の判断でそう口にしていました。

彼は大きなショックを受けしばらく泣きじゃくった後落ち着きを取り戻し、こう言ったのです。

「ママ、ぼくがんばる。絶対に死なないもん!教えてくれてありがとう」

告知した罪悪感が私を苦しめました。

辛い検査で、つんざくような悲鳴と泣き声を耳にし、親として代わってやることのできない無力感。

けれど、その私を励ましてくれたのが7歳になったばかりの、ほかならぬ我が子でした。

ぐったりとベッドに横たわる彼を見て泣く私に、

「ママでなくてよかったよ」

と言うのです。

点滴に繋がれた手を伸ばし、私の頭をなでながら。

辛抱の大切さ、労わり…

私のほうが彼に教わることがたくさんありました。

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私は仕事を調整し、一緒に過ごす時間を増やしました。

仕事でへとへとになって見舞う私に自分のベッドで仮眠を取らせてくれたり親子の密度の濃い時間が流れていきました。

一時期は順調な回復を見せた重信でしたが残念ながら一年後に再発。

病状は日に日に深刻になっていきました。
「またママに会いたいなあ。

ぼく、ママのことが心配で死にたくないんだ」

残された時間の中で、彼が語った言葉はいまも心に残っています。

それから少したって最期の夜は病室で添い寝を許され重信は私の腕の中で8年の短い生涯を終えました。

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2000年、重信との闘病の日々を綴った「ママでなくてよかったよ」を上梓しました

たった6歳の子供への告知。

いまでこそ一般的ですが1993年当時では考えられないことでした。

このことはメディアでも大きく取り上げられ

「小さな子に残酷だ!」

など多くの非難を受けました。

私は社会に一石を投じてしまったのです。

告知は、してもしなくても悔いが残ることだと思います。

告知は本来、医師、患者、家族の三者が立ち会って行われるべきものだといいます

私は一人で彼にがんであることを告げてしまいました。

正しい在り方を知っていれば違った方法を取ったかもしれないと今は思います。

写真を整理していて気づいたことがあります

告知の前と後で重信の表情がまるで違っているのです。

告知前は不安で視点が定まっていない表情。

告知後はすべてを見通しているかのような腰の据わった表情。

肉眼では分からなかった表情の変化を私のカメラは捉えていたのです。

私は、告知はするかしないかではなくいかに行われるべきかが大事だと思います

患者さんとお医者さんの信頼関係が築かれた上での告知であればたとえ小さな子供であっても大きな励ましになります。

私たちは残された時間の中で悔いなく楽しい思い出をたくさん共につくることができたのですから。

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