子供・育児

【泣いた】ガンにより若くしてこの世を去った少女。彼女の死後、鏡の裏からたくさんのメッセージが発見される

イギリス・レスター出身のアシーナ・オーチャードさん。

スポーズが大好きで、特にボクシングがお気に入りだったという彼女。

明るく活発な12歳の少女は、妹4人・弟3人の面倒をよく見てくれる家族思いの優しい女の子でした。

しかしクリスマス前のある日、アシーナさんは自分の身体に異常を感じ取ります。

それは恐ろしいほどのスピードで彼女の人生を奪っていったのです。

おでこにコブを発見

自分のおでこにコブのようなものがあるのを発見したアシーナさん。

ぶつけた記憶も痛みもなかったため、すぐに消えるだろうと心配はしていませんでした。

ところが発見したその日のうちにキッチンで意識を失い、そのまま病院へ搬送されました。

検査の結果、コブだと思っていたおでこの膨らみが「骨肉腫」である事が判明したのです。

骨肉腫は骨にできる悪性腫瘍のガンで、若年者に発生することが多いといわれています。

7時間にもわたる手術で腫瘍を摘出されたアシーナさんは、そのまま化学療法を始めることになりました。

しかしガンは恐ろしいスピードで進行を続け、ついにはベッドから起き上がることもできなくなってしまいます。

日を追うごとに病状が悪化していく娘を、両親はただ見守る事しかできませんでした。

「アシーナには、建設的に考えて、泣かないでと言われました。

ガンがものすごい早さで進行していることを私たちは知っていました。

あの子はできる限り戦ったんです」

その後もガンと闘い続けたアシーナでしたが、13歳の誕生日を迎えて間もなく、家族に見守られながらその短すぎる生涯を閉じました。

アシーナさんのメッセージ

アシーナさんが亡くなった2日後、父のディーンさんは彼女の部屋を片付けていました。

そして鏡を動かしたとき、その裏にたくさんの文字が綴られているのを発見したのです。

「驚きました。それは3000字ほどの文章でした。

涙が込み上げて来て、途中で何度も読み続けることができなくなってしまいました」

そこにはアシーナさんが残した力強いメッセージが記されていたのです。


「幸せになれるかは、自分の気持ち次第。物語はハッピーエンドで終わらなくても、その物語に意味があればいい。

生きることの意味は、意味のある生き方を見つけること。それが平凡な人生と素晴らしい人生の違い。

幸せは目的ではなく、向かう方向のこと。存在していることを感謝しつつ、元気で、自由に、信念を持って、いつまでも若くいること。

人は私の名前を知っていても、私の話を知らない。私のしたことを聞いたとしても、私の経験したことは知らないはず。

愛とはガラスみたいなもの。見かけは綺麗でも、とても儚い。

毎日が特別な日。だから一日一日を精一杯生きる。明日、人生を終わらせる病気にかかるかもしれない。人生は自分が悪くしない限り、絶対に悪くならないのだから。

愛は少ない。人生は不思議。永遠に続くものなど存在しない。人は変わる。人生はだれもが遊べるゲームだけど、その中で愛は唯一の褒美かもしれない。

もし誰かがあなたのことを愛しているなら、どんなに状況が厳しなってもあなたを手放すことはない。

人生は良い時もあれば悪い時もあることを忘れてはいけない。悪い時がなければ、良い時の意味もないのだから。

私は、自分が心を許せるような相手と恋に落ちるのを待っている。

愛とは、将来を過ごせる相手がいることじゃなくて、その相手なしでは考えれれない将来のこと。

あなたが私のそばにいてくれることがわかっている限り、泣く理由はない。」

このメッセージほんの一部ですが、知徳に溢れた言葉や想いが綴られていました。

病床にあっても、アシーナさんは人生の美しさを見る力を失いませんでした。

鏡の裏に書かれたマニフェストを、鏡の中の自分を見る度に思い起こしていたのでしょうか。

ディーンさんはこの鏡について、このような心境を語りました。

「本人は何も言っていなかったけれど、それがあの子らしいと思いました。

アシーナは深く物事を考えていました。ものを書くことが好きで、いつも何かを書いているようでした。

アシーナは亡くなりましたが、彼女の書き残した文章を通して彼女が生き続けているのような気がします。

この鏡はずっと大切に保管するつもりです」

【感動】声を失い息子に絵本を読むことも歌をうたってあげることもできなくなった母。意思疎通のできない日々が辛く・・・

あなたは突然声が出なくなったらどうしますか?

小さいお子さんを持て居たらなおさらの事、これまでのように意思の疎通ができない日々は私たちが想像するよりもはるかにつらい日々となるでしょう。

今回ご紹介するのは1歳7ヶ月のお子さんを持つママのお話し。

喉の病気により突然声を失い息子との卒手段を失った母は悩みに悩み、ある日その苦しみは限界を超えてしまいました。

声を失った母

私は三年前に喉の病気が原因で、声が出なくなった。

息子に歌を歌うことも、絵本を読んであげることも出来ない。

一歳七ヶ月だから、手話なんて分かるわけのない息子との暮らしは想像以上に意思疎通がままならなくて、いつも息子は旦那の声に反応してニコニコしたり、嬉しそうにしてる。

私に対しては、やはり何をいってるのか分からないらしくて、いつも「ううん」と首を横に振られ続ける。

ご飯も、着替えも。

そんな生活がつらくて、ほんとうにつらくてとうとう旦那に泣きついてしまった。

ママのことが世界一好きな人

そうしたら、旦那が寝ている息子の傍に行って、そっと息子の耳元で

「ママのことが世界一好きな人、手あげて」

と囁いた。

そしたら、息子はすうっと手を上げてくれた。

何度も、何度も、旦那がもういいよと笑いながら止めるまで、ずっと手を上げ続けた。

そして、夢うつつにママ、ママと私を呼んでくれた。

泣き出した私に、旦那は

「ほら、○○はちゃーんと○の気持ちわかってたんだよ、言葉は通じなくても、全部伝わってるんだよ。お前の頑張ってる姿、ちゃんと見てるんだよ」

と言ってくれた。

次の日から、考え方が変わった。

もう、歌えなくても喋られなくてもいいんだとわかった。

心さえ繋がっていれば、いつまでも親子なんだって、初めて気づかされた出来事だった。

(原文まま)

子供とコミュニケーションが取れない中で、母としての自信も無くしてしまっていたお母さん。

息子を想う気持ちが強いからこそ、超えられない壁にもどかしさも人一倍感じていたことでしょう。

声は私たちにとって一つのコミュニケーションツールであり、それが絶たれてしまうという事は想像以上の苦労があるでしょう。

けれど人には、言葉ではどうしても伝わらないものがあります。

そして本当に伝えるべきことは、言葉では伝わらない部分にこそあるのかもしれません。

「3本目は○○の日に見せてあげてください」」病気の母が娘に残した3本のビデオ、亡き母がかける魔法に涙が止まらない

サキちゃんのお母さんは重い病気を患っており、その命はもう長くないことを知りました。

そこでまだ2歳の幼い娘、さきちゃんのために3本のビデオテープを残します。

それから数年後、亡き母が残された娘へとある魔法をかけました。

幼い娘を残さなければならなかった母、そして幼いながらに母に残されてしまったさきちゃんの想いを考えると胸が痛みます。

3本のビデオ

サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。

その時、サキちゃんはまだ2歳。

「あなた、サキのためにビデオを3本残します。

 このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。2本目は小学校の入学式に。

 そして3本目は…○○○の日に見せてあげてください」

まもなく、サキちゃんのママは天国へと旅立った。

そして、サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられた。

(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される)

「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。

 でもママはね、テレビの中に引っ越したの。だから、こうやってしか会えない。

 パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。だったら、ママ、また会いに来ます」

サキちゃんの小学校入学の日。2本目のビデオ。

「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう……。ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。

 サキちゃん、ちゃんと聞いてね。

 ママが今住んでいるところは、天国なの。だから、もう会えない。

 でもね、パパのお手伝いがちゃんとできたら、ママ、もう一回だけ、会いに来ます。

 じゃあ、魔法をかけるよ。 エイッ!

 ほうら、サキちゃんは料理や洗濯ができるようになりました」

そして3本目のビデオ。そのタイトルは、こう書いてあった。

新しいママが来た日のサキちゃんに

3本目のビデオ

そしてサキちゃんが10歳の時、パパは再婚し、新しいママが来た。

3人いっしょに、3本目のビデオを見つめた。

なつかしいママの顔が映し出された。

「サキちゃん、おうちの仕事、がんばったね。えらかったね。

 でも、もう大丈夫。新しいママが来たんだから。

 ……

 サキちゃん。今日で本当にお別れです。

 ……

 サキちゃん、今、身長はどれくらい?ママには見えない。

 (泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る)

 ママ、もっと生きたい…。

 あなたのために、おいしいものいっぱいつくってあげたい…。

 あなたの成長を見つめていたい…。

 じゃあ、サキちゃん、これがママの最後の魔法です。

 それは、『ママを忘れる魔法』です。

 ママを忘れて、パパと、新しいママと、楽しい暮らしをつくってください。

 では、魔法をかけます。1、2、3、ハイッ!」

そこでビデオは終わった。

しかし、サキちゃんに、この魔法は効かなかった。

パパと、新しいママにも効かなかった。

ママは、みんなの心の中に、ちゃんと残っていた。

そして今度は、サキちゃんが主役の、4本目のビデオがつくられたのだった。

天国のママに見てもらうために

(原文まま)

新しいお母さんができても、産んでくれた母が母であることには変わりません。

たとえ小さかったとしても、お母さんの愛は先ちゃんの胸の中に残っていたはずです。

さきちゃんが作った素敵なビデオ、お母さんはきっと天国で喜んでくれている事でしょう。

【泣いた】「日曜日っていつだか知ってる?」4歳の時に離婚した両親、約束の日曜に母の帰りを待ち続けた少女は・・・

少女がわずか4歳の時に両親が離婚。

家を出る母に「いつ帰ってくるの?」と聞くと、困った顔をした母は「日曜日かな?」と答えます。

離婚という意味さえも分からない幼い子供は、それから父の家で母を待ち続けました。

しかしいつまで経っても母が迎えに来ることはありませんでした。

その30年後に少女が母親になった時、息子は母に「ママを産んだのは誰?」と尋ねます。

「いつ帰ってくるの?」

私が4歳の時、父と母は離婚した。

祖父母と同居していたため父が私を引き取った。

母は出て行く日に私を実家に連れて行った。

家具や荷物がいっぱい置いてあって叔母の結婚の時と同じだったので

「わぁ、嫁入り道具みたいだねー」

と嬉しそうに言ったのを覚えている。

家に戻ると母はドアの所で

「おばあちゃんちに又行かなきゃいけないの」

そう言った。

「いつ帰ってくるの?」

と聞くと困った顔をして少し黙り

「日曜日かな?」

と答えた。

疑いもせずに私は笑顔で手を振って送り出した。

日曜日がいつかも知らなかった。

訪れなかった日曜日

それから私は祖母に日曜日がいつかを聞いては、玄関で待つ日々が続いた。

何回か繰り返したある日、母以外の家族全員が揃う夕食の時間に私は聞いてみた。

「あのね、ママが帰ってくる日曜日っていつだか知ってる?」

食卓が凍り付いた。それまでの笑顔が全く消えてみなが押し黙って目を伏せた。

「私、うっかり聞くのを忘れちゃったのよー」

と笑いかけたが、誰1人笑ってはくれなかった。

それ以来、私はママの話しは絶対にしないようにして・・もう30年が経つ。結婚式にも呼ぼうとはしなかった。

今では1歳の娘と5歳の息子がいる。

先日、5歳の息子が

「ねぇ、妹と僕を産んだのはお母さんだよね?」

と聞いてきた。

「パパを産んだのはばぁばだよね? ママを産んだのは誰?」

「おばあちゃんよ、でもどこにいるかわかんないから会えないのよ」

「僕会いたいなぁ」

「どうして?」

そこまでは平気な受け答えだった。

「ママを産んでくれてありがとうって言わなきゃ!」

(うん、会いたいねぇ)と言うはずだったのに涙が止らなくなってしまった。

ずっとずっと封印してきた言葉。

育てられないなら産まなきゃいいのにって思ったこともあった。

ありがとう息子。私はやっと素直になれそうだ。

(原文まま)

離婚という意味を理解できない幼い少女は、日曜日が来るのを心待ちにしていました。

しかし少女の元に日曜日がやってくることはありませんでした。

母親にも何かしらの事情があったのかもしれません。

ですがずっと母を心待ちにしていた少女の気持ちを思うと、心が痛みます。

同じ母親になった女性が、これから息子さんや娘さんと末永く幸せに暮らしてくれることを祈ります。

【ほっこり】お風呂場から赤ちゃんの叫び声が!!何事かと思い駆け付けるとそこには・・・

お風呂場から突然聞こえた我が子の叫び声。

「ダーーーディーーー!!」

と自分の助けを求める声に、お父さんは何事かと急いでお風呂場へ駆けつけました。

転んで怪我でもしてしまったのか、はたまた溺れてしまったのか・・・。

我が子の異常事態を察知しお風呂場へ駆けつけたお父さんを待ち受けていたのは、思いもよらない光景だったのです。

お風呂場から叫び声

お風呂に到着したお父さん。

見る限り、転んだわけでも溺れてしまったわけでもなさそうでひとまず安心です。

しかし、それでもなお泣き叫び続ける我が子。

それもカメラの右側に視線を向けては何かにおびえている様子を見せています。

「赤ちゃんには大人には見えないものが見える」

こんなこともよく耳にしますが、もしかして我が子にも何か霊的なものが見えているのでしょうか・・・?

その視線の先にカメラを向けてみると、そこには・・・。

赤ちゃんの視線の先には

赤ちゃんの視線の先にあったもの、その正体がコチラです。

なんと、パックで顔が青白くなったお母さん・・・。

場合によっては大人でも恐怖を感じてしまうその表情、赤ちゃんにとってはなおさらですよね(笑)

パックをして満面の笑みを浮かべるお母さんに、ジワジワと恐怖がこみ上げてきます。

お父さんが「これはママだよ」と教えてあげてもやっぱり泣き続けていました。

この赤ちゃんの可愛らしい反応に、動画を見た人からはたくさんのコメントが寄せられました。

・彼女が私のところで泥マスクをつけて微笑んでも、私は怖いだろう

・ああ、彼はとてもかわいいです

・私も顔を見ながら泣いていました。それは恐ろしいです。

・バスルームにはモンスターが!

赤ちゃんからしたら笑い事ではないと思いますが、思わずほっこりしてしまう映像でした。

みなさんもお家でパックをする際は十分にお気を付けください(笑)

【警鐘】子供に人気のスーパーボールに潜む危険。4歳の男の子が事故発生からわずか16分で天国へ旅立つことに・・・

子供は時として親の予測を超えた行動を起こします。

これくらいは大丈夫だろうと思っていても、いとも簡単にその垣根を越えてきます。

今回ご紹介するのは、子供に人気のスーパーボールによって不慮の事故に遭ってしまった男の子のお話しです。

彼の母親は深い悲しみに包まれながらも、同じ子を持つ親へおもちゃの危険性を広めました。

誕生日パーティーの準備中に・・・

アルビー・デイビスくんに悲劇が起きたのは、もうすぐ4歳の誕生日を迎えるという時でした。

アルビーくんの母・アンナさんは、彼の誕生日パーティーの準備をしていました。

パーティーのお楽しみグッズとしてスーパーボールが用意され、その中の1つで遊んでいたアルビーくん。

そのとき幸せな時間は一転して、悪夢の時間になってしまったのです

アルビーくんから1mほど離れた場所にいたアンナさんは、彼の異変に気が付きすぐに駆け付けます。

そして息子を救いたい一心で、急いで心肺蘇生を行いました。

しかし残念なことに、彼女の大切な小さな男の子は母の腕の中で帰らぬ人となりました。

救急車が到着するまでのわずか16分の間に、アルビーくんは窒息死してしまったのです。

アルビーくんを亡くした両親は、訪れるはずだった彼の4歳の誕生日に泣き息子にメッセージを投稿しました。

アルビーへ


あなたは亡くなってしまったけど、今日私達はあなたの4回目のお誕生日を祝い、あなたを尊敬しています。

今朝、あなたのパパと私は、あなたの手をつないで、あなたの髪を撫でていました。

私は永遠にこうしていられたらいいのにと思っていました。

たくさんの涙で濡れても平気なようにあなたの小さな手首に防水時計を巻き、あなたの大好きなゴールドラメのマニキュアを爪に塗りました。

あなたと過ごした時間は決して十分ではなかったし、私たちの側からあなたが離れていくことは最も耐え難い痛みでした。

私たちの腕はたくさんのハグを欲しています。

私たちの耳は、あなたの笑い声が再び家の中を響き渡ることを願っています。

私たちの心は何百万という思い出によって粉々になっています。

私たちは泣いていますが、あなたと過ごした4年間でたくさんの愛をもらいました。

私たちは、あなたが私たちの生活にもたらした豊かな光に永遠に感謝します。

あなたの目標はいつもはるかに高かったことを知っています。

お誕生日おめでとう。

私たちはいつもあなたのことを想っています。

アンナさんの警告

息子を失うなんて、夫婦にとって心の準備が出来るはずもありません。

しかしアンナさんは、アルビーくんの死を意味のあるものにしようと同じ子を持つ母親に注意を呼びかけます。

実際に事故に遭ったボールをネットに投稿し、50セントコインよりもはるかに大きいボールであったことを訴えます。

更におもちゃの注意書きには『3歳以下の子供には使用させない』と書かれていましたが、アルビーくんはその年齢を超えていました。

しかしいくら表示に書いてあったとしても、いくら大丈夫だろうと思っていても、子供は我々の予想をはるかに超える行動をします。

アルビーくんの早すぎる死は、多くの親たちへ向けての強力な警告となっているのです。

アンナさんが世界へと発信したニュースはまたたく間にシェアされ、多くの人が小さい命の終わりに悲しみ、そして祈りを捧げました。

「最悪の悪夢が現実となって以来、家族が彼から受けた多くの愛に対する深い感謝を表現することは出来なくなってしまいました。

大きな悲しみの時に、あなたの考え、祈り、共感、涙は私達を包み、抱きしめてくれました。

あなた方の圧倒的な寛大さと支えに感謝してもしきれません。」

アルビーくんはこの写真が撮影された40分後に帰らぬ人となりました。

この小さく愛らしい少年のご冥福と、1日も早くご家族の心に平穏が訪れることをお祈りしています。

「最後だとわかっていたなら」10歳で事故死した息子のために作られた”詩”に涙が止まらない

親にとって我が子は何にも代えがたい、世界で1番大切な存在ともいえるでしょう。

しかし、もし我が子との別れがやってきたら・・・。

ノーマ・コーネット・マレックという女性もまた、最愛の息子を事故により失いました。

あまりにも早すぎる別れに、ノーマさんは息子に伝えきれなかったすべての想いを綴ります。

これからご紹介するのは、そんなノーマさんの想いから生まれた一遍の詩です。

突然の別れ

ケンタッキー州ラインフォークで生まれたノーマさんは、美しい山々に囲まれた大自然の中で祖母に育てられました。

やがて大人になり結婚したノーマさんは2人の子宝に恵まれますが、幸せな生活が長く続くことはありませんでした。

夫との関係が破局を迎え、離婚することになったノーマさん。

なんとか愛する息子の親権を勝ち取ることができたのですが、元夫はその決定を無視し強引に息子たちを連れ去ってしまったのです。

息子たちを奪われたノーマさんは警察の協力を得て、2人の行方を必死に探し回りました。

それから2年もの歳月が流れたある日、ノーマさんは予期せぬ形で息子たちの消息を知ることになったのです。

愛する我が子の死

2年も探し続けた息子たちの行方・・・その知らせは何よりも嬉しいものとなるはずでした。

しかしノーマさんは突き付けられた現実に、深い絶望の淵に叩き落されます。

発見された息子の1人、長男であるサムエル君がこの世を去ったという知らせだったのです。

当時10歳だったサムエル君は溺れている小さな子供を助けようとし、逆に自らの命を落としてしまったといいます。

小さな子供を守ろうとした優しい少年の、あまりにも痛ましく、そしてあまりにも早すぎる死でした。

2年ぶりに再会した息子は、何を語ることも笑いかけてくれることももうないのです。

その後引き取った次男と共に暮らす日々の中で、サムエル君に伝えきれなかった想いを書き綴っていきました。

そして最愛の息子への想いが込められた詩に、多くの人が涙を流しました。

どうか子供がいる親御さんにも読んでもらい、何事もない子供との時間について何かを感じ取っていただきたいです。

「最後だとわかっていたなら」


「最後だとわかっていたなら」
作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

 
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

 
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

 
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

 
あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

 
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

 
そして わたしたちは 忘れないようにしたい

 
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

 
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

 
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

 
だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

 
「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

1989年に発表されたこの詩は、9.11同時多発テロの犠牲となった方々を弔う追悼集会やテレビなどで朗読されたことをきっかけに多くの人へと広まりました。

作者であるノーマさんは2003年に末期がんであることが発覚し、翌年2004年7月18日にその生涯を終えました。

世界に感動を与えてくれた女性詩人の早すぎる死。それは本来、悲しむべき出来事なのかもしれません。しかし僕は、ノーマさんの死を悲しむ気にはなれないのです。

なぜなら、きっと旅立ったノーマさんは天国で愛するサムエル君と再開し、生前に伝えきれなかった溢れる想いを伝えただろうと思うからです。

ありふれた言葉ではありますが、今誰かが隣にいてくれることは当たり前のことではありません。

子供だけでなく、親、彼氏、友達、夫、すべての関係において別れはいつやってくるのかわからないのです。

今という時間を共に過ごせるという事は大きな奇跡だという事を忘れずにいてほしいです。

育児放棄により̠−20℃の中に置き去りにされた男の子。その命を救ったのは2日間寄り添い続けた飼い犬だった

2017年2月11日、ロシアで目を疑うような事件が起き1人の女性が逮捕されました。

なんと、2歳の我が子を氷点下20℃という極寒の中に置き去りにし、6日もの間行方をくらましたのです。

置き去りにされた男の子は2日目で発見され、命に関わる深刻な状態になりながらもなんとか一命をとりとめました。

そしてその少年の命を救ったのは、1匹の勇敢な飼い犬だったのです。

我が子を置き去りにした母親

ロシア・シベリア地方の南部に位置するロクテフスキーで、その事件は起こりました。

母親が2歳になる息子を、氷点下20℃という極寒の中に置き去りにし行方をくらましたのです。

我が子を置き去りにしたのは、暖房の全く効かない玄関でした。

人間は体温が27℃を下回ると凍死すると言われています。

氷点下20℃に2日間も置き去りにされたら通常であれば命を落としますが、今回この男の子は幸いにも一命をとりとめました。

なぜ男の子は助かることができたのでしょうか。

その理由に多くの人が胸を打たれました。

飼い犬と過ごした2日間

男の子は幸いにも一命をとりとめた理由。

それはなんと2日もの間、飼い犬が男の子の身体を温め続けてくれたからなのです。

飼い犬は男の子が冷えないようにと寄り添い、温め、男の子を励まし続けました。

男の子は犬に温められながらも、近隣住民によって発見されたときには、命に関わる深刻な低体温症を引き起こしており、すぐに病院に搬送されました。

男の子が発見されてから4日後にようやく帰宅した母親。

現在は実行判決を下され、親権を剥奪されたのだそう。

警察は、母親が恋に男の子を置き去りにしたとして引き続き調査を進めています。

男の子の命を救った「ヒーロー」に世界中から称賛の声が上がっています。

コワモテのおじさんがお人形さんと2ショット!?この写真が全世界で話題になった理由に心温まる


アメリカ・カンザス州在住のトレントさん。

トラックの運転手をしており、少々いかつい風貌からは想像もつかないような写真が全世界で話題を集めています。

なんと仕事場に可愛いお人形さんを連れて行き、一緒に仕事している様子をFacebookに投稿しているのです。

傍から見るとちょっと痛い人のように思えてしまうかもしれませんが、実はこれにはある理由があったのです。

この写真を撮った理由を知った人たちは心が温まり、多くの人々にシェアされました。

人形を連れている理由

無表情ながら可愛い人形のアビーと一緒にツーショットを撮るトレントさん。

実は彼の愛する娘のジョセリンちゃんに、人形のアビーの面倒を1日見てもらうように頼まれたのです。

可愛い娘の頼みとあれば、断るわけにもいきません。

人形のベビーシッターを引き受けたトレントさんは、ちゃんとに面倒を見ていたこと、そしてアビーにも楽しんでもらったことを娘に報告するためにその日の様子を写真に収めることにしました。

運送業を営むトレントさん自身のトラックに一緒に乗って、一緒にドライブを楽しむ様子も撮影されました。

さらにはジョセリンちゃんのお爺ちゃんまでをも巻き込み、人形アビーのシッターは続きます。

人形のベビーシッター

こちらにうつる男性はジョセリンちゃんのお爺ちゃん。

アビーの背中にしっかりと手を添え、可愛がっている様子を表現してくれています。

トレントさんは農作物の収穫を行う会社も営んでおり、そこにもアビーを連れていってくれました。

積荷に卸される農作物を眺めるアビー、どうやらチェックしてくれているようです。

トレントさんの収穫のお手伝いもしてくれています。

この様子を会社のFacebookに投稿したところ、またたく間にシェアされ多くの人の心を温めました。

トレントさんが娘を心から愛していることが伝わる微笑ましい写真たち。

ジョセリンちゃんもこんなに優しいパパのことが大好きな事でしょう。

ちなみに最近アビー以外にも新しい家族が加わり、トレントさんは計3人分の面倒を見る日もあるようです。

全国にハッピーをもたらしてくれたトレントさん親子、いつまでも仲睦まじくいてほしいですね。

【泣いた】服装が不潔でだらしなく、あまり好きになれなかった生徒。しかし少年の深い悲しみに触れた先生が取った行動が・・・

学校の先生とはいえ、元は1人の人間です。

もちろん生徒との相性や、人としての好きや嫌いの感情はある事でしょう。

今回ご紹介する先生もまた、クラスでどうしても好きになれない1人の生徒がいました。

しかしある事となり生徒の苦しみを知った先生は、生徒の人生を救う存在となったのです。

どうしても好きになれない少年

その先生が5年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。

間違いだ。他の子の記録に間違いない。先生はそう思った。

2年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

3年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」

後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

4年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう。」

先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いてる生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった。

少年の初めての笑顔

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?

分からないところは教えてあげるから」。

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。

後で開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに間違いない。

先生はその1滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い!今日はすてきなクリスマスだ」


6年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から1枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして今まで出会った中で一番すばらしい先生でした」

少年から届くカード

それから6年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。

僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。

おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます。」

十年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えたことの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。

あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を神様のように感じます。

大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、5年生の時に担任してくださった先生です」

そして1年。届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母の席に座ってください」と1行、書き添えられていた。

先生は嬉しくて涙が止まらなかった・・・。

(原文まま)

どんな人も心のうちに抱えている悲しみがあるものですよね。

初めこそ見た目で判断し苦手意識を持ってしまった先生ですが、少年が負った傷を理解し、そして彼のために尽くすその姿は先生の鏡ともいえるでしょう。

現在の日本では難しいこともあるかと思いますが、このように生徒を心から理解してくれる先生がいてくれることは子供たちにとっても幸せな事ではないでしょうか。

この少年は先生から勉強以外に、もっとも大切なものを教わることができたようです。