考える

「世界がもし100人の村だったら」人口を100人に縮小することによって見える世界の問題に深く考えさせられる

私たち日本人には深く馴染みのない貧困や飢え、そして戦争。

世界には住む家も屋根もなく、着る服もなく、食べるものもなく、命を脅かされている人が多く存在します。

その現状を訴えるべく話題となった「世界がもし100人の村だったら」というチェーンメールをご存知でしょうか。

2001年前後から世界に広まり、日本では書籍として出版されるなど大きな話題を集めました。

道徳教育の資料としても使われるこのチェーンメールは、世界で実際に起きている問題を浮き彫りにし私たちに訴えかけています。

「世界がもし100人の村だったら」


もし 現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を人口100人の村に縮小するとしたらどうなるでしょう。

その村には・・・・
57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます。

52人が女性で
48人が男性です。

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教徒以外の人たちで
30人がキリスト教徒

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59パーセントを所有し、その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調で苦しみ
ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしています
ひとり (そう、たったひとり) は大学の教育を受け
そして ひとりだけがコンピューターを所有しています

もしこのように縮小された全体図からわたしたちの世界を見るなら、
相手をあるがままに受け容れること、 自分と違う人を理解すること
  そして そういう事実を知るための教育がいかに 必要かは火を見るより明らかです。

また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。

もしあなたが今朝、目覚めた時、健康だなと感じることが出来たなら・・・
あなたは今週生き残ることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や、獄門の苦悩、
あるいは餓えの悲痛を一度も経験したことがないのなら・・・・・
世界の5億人の人たちより恵まれています

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を
感じることなしに教会のミサに行くことが出来るなら・・・・
世界の30億の人たちより恵まれています

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があるなら・・・・
あなたはこの世界の75パーセントの人々より裕福で

もし銀行に預金があり、お財布にもお金があり、家のどこかに小銭の入ったいれ物があるなら・・・・・
  あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8パーセントのうちの一人です

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・・・それはとても稀なこと

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間 2倍の祝福を受けるでしょう。
  なぜならあなたのことを思ってこれを伝えている誰かがいて、
その上、あなたは全く文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです

昔の人がこういいました。
わが身から出づるものはいずれわが身に戻り来る、と。

お金に執着することなく 喜んで働きましょう
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく 人を愛しましょう
誰も見ていないかのごとく 自由に踊りましょう
誰も聞いていないかのごとく のびやかに歌いましょう
あたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょう

このメッセージを人に伝えてください、そしてその人の一日を照らしてください。

アメリカの友人からのメッセージ 3.2001
作者不詳
訳 なかのひろみ

「村の現状報告」

このチェーンメールは、アメリカ・イリノイ州出身のドネラ・メドウス教授が1990年に発表した「村の現状報告」と題された小文が元になっています。

元々は人口「1000人」に縮小した小文でしたが、、人々に広まっていくにつれ添削や加筆が加えられ「100人」になったものだと言われています。

そのため「世界がもし100人の村だったら」には他にも様々なバージョンが存在しており、結びの文章や細かい点に違いがあるようです。

そして今回ご紹介したバージョンはアメリカ、ワシントン・DCで世界銀行に勤務していた中野裕弓さんという方が元同僚から受け取ったチェーンメールを日本語に翻訳し、日本へ広まっていくきっかけとなったものです。

中野さんはこのチェーンメールを受け取った当時をこのように振り返ります。

「わたしがこのメッセージを見て最初に思った“地球が手のひらにのったような”身近な感覚に共鳴された方も多いことでしょう。

世界を遠いものと考えず、手のひらにのせて自分は何ができるかを考える、そんなきっかけになったのではないでしょうか。」

今現在も地球上のいたるところで、辛く苦しい思いをしている人、健康や命を脅かされている人がいます。

その問題をより身近なものとして感じられるチェーンメールを通し、自分にできる事は何なのかを深く考えさせられました。

悲しいことですが今すぐにそれらの問題をどうにかすることは誰にもできません。

まずはこの地球上にいる一人一人の意識や関心を高めることが、何よりも大切な事だと感じました。

狭い檻の中から救出された1頭の熊。身体に巻き付けられているものを見た救出員は言葉を失う・・・。

中国や日本でも古くから漢方として重宝されてきた熊胆(熊の胆汁)ですが、中国には熊から胆汁を採取するための熊胆牧場が国内に多く存在しています。

そこでは胆汁を採取するためだけに多くの熊が飼育され、生きたまま熊胆を採取され続けているのです。

そんな生き地獄のような環境から救出された熊が1頭いました。

シーザーと名付けられたメスの熊は、生涯の半分にも及ぶ時間を狭い檻の中で生きてきたのです。

救出された熊

とある牧場に調査に訪れた動物保護団体「アニマル・アジア」。

彼らが牧場についた時、身動きも取れないような狭い檻に入れられ、身体に食い込むほど小さな金属製のコルセットをつけられた1頭の熊を発見しました。

牧場の劣悪な環境に加え、熊の身体に巻き付けられたコルセットを見た職員はあまりの残虐さに言葉を失います。

このコルセットは熊を生かしたまま胆汁を採取するためのものだったのです。

開いた腹部から管を入れて胆嚢に穴をあけ、胆嚢から胆汁が流れ出るという仕組みになっています。

24時間365日、麻酔もせずこの状態で生かされ続けてきたシーザーの体力的、精神的負担は計り知れません。

「この金属の拘束ベストはこれまで見てきた胆汁採取牧場で行われていたどんな虐待よりも、想像を絶するほどひどいものでした」

あまりにも酷く恐ろしい光景を目の当たりにした職員は、発見時の状況についてこのように語ります。

シーザーがこれほど長い間、この地獄のような環境を生き抜いてきたことだけでも信じがたいことでした。

自由を手に入れたシーザー

アニマル・アジアにより救出された後、シーザーの生活は一変しました。

熊胆を採取するための管は除去され、必要な治療と多くの愛情を注がれながら大切に介抱されました。

保護されてからは、成都市にある自然保護区で暮らしているというシーザー。

ここに保護されてきた熊は全員が元気になるわけではなく、命を落としてしまう熊も多数いるそうですが、幸いシーザーの健康状態は回復し、何よりも生きる希望を取り戻しているのだそう。


「シーザーの傷は今ではほとんど消え、びっくりするほど美しく勇猛な熊になりました。

270キロを越える巨体に成長したシーザーは、今や筋肉ムキムキのレディです!」

本来の美しい毛並みを取り戻し、元気に遊びまわる姿が見られるようになったといいます。

自然を経験したこともなく、これから自然に戻ることもできないシーザー。

しかし保護区ではお気に入りの水浴びや日光浴もでき、何不自由ない生活が保証されています。

秋になって気温が下がってくると、冬ごもり用なのか園内のいたるところで盛大に穴を掘り始めるそうです。

違法な熊胆牧場

中国では熊の胆汁を採取する牧場が違法となった今でも、約1万頭もの熊がシーザーと同じように劣悪な環境で苦痛な生活を強いられています。

今回のシーザーの保護・救出の一部始終はインターネットを通じて全世界へ広まり、熊胆牧場に対する世間の認識を高めるきっかけとなりました。

中国国内でも動物保護の意識が芽生え始め、援助する団体や批判する声も出てきているそうです。

アニマル・アジアではこうした熊を救うためにあらゆる手を尽くしています。

直接的な救出はもちろんですが、世論の高まりによってこうした牧場が将来完全になくなること。

捕われている熊たちが地獄のような環境から解放されること。

そしてこれ以上このような熊が生み出されないことを願っているのです。

天国に行くママと妹に最期のプレゼント、8歳の少年の贈り物に誰もが声を詰まらせ涙を流しました

クリスマス直前のおもちゃ屋さんはどこか浮足立った人々で賑わっています。

多くの「サンタ」たちが訪れるお店で、1人涙をこらえ悲しげに佇む少年。

どうしてもその初年が気になった女性は少年に声をかけます。

するととても信じがたいことを語りだしたのです。

妹にクリスマスのプレゼントを

それはクリスマス直前のある冬の日でした。

姪っ子の輝くような笑顔を思い浮かべながら、ある女性がプレゼントのぬいぐるみを選んでいました。

持ち合わせはいくらかと財布の中身を確認していると、通路の奥から鼻をすする音が聞こえました。

目をやると小さな男の子がそこに立っていました。

それは、8歳か9歳くらいの男の子でした。

青いウールの帽子から茶色いカールした髪の毛がのぞいていて、コーデュロイのズボンは何度も洗われたのか色落ちし、靴紐はぐちゃぐちゃと結んであります。

男の子は、悲しい目をしていました。女性は財布を握りしめながら男の子に近づいて行きました。

どうして悲しそうな顔をしているのか気になったからです。

近くまで行くと、男の子は涙が溢れてくるのを必死に我慢しているような顔をして、手首にはピンクのリボンが巻いてありました。

「こんにちは、一人でここにいるの?」

彼女は尋ねました。

男の子はおもちゃを見つめながら、妹にクリスマスのプレゼントを買いたいのだと答えました。

「まぁ、素敵ね。それならどうしてそんなに悲しいの?」

男の子は彼女を見つめ、プレゼントを買うお金が足りないのだと答えました。

「あら、サンタはきっと妹さんにお人形を持ってくるんじゃないかしら?」

女性はそう言って、男の子を元気付けようとしました。

男の子は黙り込み、彼女の目をじっと見つめました。女性は彼の目の中に、何か悲しみ以上のものを見た気がしました。

妹は天国にいるんだ

「サンタは妹のいるところまでは行ってくれないんだ」

女性は自分の喉が詰まっていくような感じを覚えます。

そして、次の質問を絞り出しました。

「妹さんに何があったの?」

答えが聞きたかったかはわかりませんでしたが、尋ねずにはいられなかったのです。

「妹は天国にいるんだ。天国にいる妹に何か素敵なものをあげたいんだ。
僕のママももうすぐ天国に行くから、きっと人形を持って行って妹に渡してくれるんじゃないかと思って」

女性は足元の床が抜け落ちていくような気がしました。

彼女は深呼吸して言います。

「そう、じゃあいくら持ってるか見てみましょうよ」

そして、男の子のお金を数えながら、女性はそっと自分の財布から数ドルを忍ばせました。

男の子が再び財布を確認すると、彼の手元には人形を買っても少し余るほどのお金がありました。

男の子の目に光が少し戻ります。

「やった!これならママの大好きだったお花を買ってあげられる。白いバラが好きなんだ」

少年が走り去っていくと、女性は男の子の言っていたことが本当なのか、突然分からなくなりました。

女性はあまりにも衝撃を受けていたのか、姪っ子への贈り物を買うのを忘れそうになりました。

おもちゃ屋を出ると、ふと新聞の見出しが飛び込んできました。

それは酔った運転手が起こした交通事故についてでした。

記事には、母親と4歳の娘がこの事故で重傷を負ったこと、この幼い少女は病院に搬送される途中で命を落とし、母親は深い昏睡状態で危篤状態にあること、現在も懸命な救命活動が行われていることが書かれていました。

まさかこの人たちがあの男の子の家族なのではないだろうか?

しかし、女性はこの考えを打ち消そうとしました。

無意味に奪われた命

それから数日間、女性が新聞の死亡記事を注意深く読んでいると、見つけたくないと思っていたある葬儀告知が目に入ってきました。

あの交通事故に遭った女性が亡くなったのです。

そこにはこうありました。

「無意味にあまりにも早く私たちの元から奪われました。私たちの小さな天地と再びあちらで会えるだろうということがせめてもの慰めです」

そこには埋葬式の日付と場所が書いてあり、女性はそこに行くことにしました。

彼女は白いバラのブーケを買い、墓地に向かいました。

墓地に着くと、彼女はそこにあのおもちゃ屋で出会った男の子を見つけました。

片手には1本の白いバラ、もう一方の手には人形を握っています。

傍に立つ父親は、平静を保とうと必死なのが見て取れました。

女性はかける言葉が見つからず、静かに墓穴に向かいました。

涙が止めどなく溢れてきました。

バラのブーケを墓穴に入れるたとき、ほんの少しだけ男の子と目が合いました。

そしてついにあのときお店でこの少年の目からどうしてあれほど目が離せなかったのかわかりました。

彼の目は大人の目でした。

大切な人を失い、悲しみを経験した大人の目だったのです。

彼女の心は砕けそうになりましたが、結局かける言葉が見つかりませんでした。

(原文まま)


本の一瞬の出来事が、少年と父親の人生を大きく変えてしまいました。

幼い女の子の未来を奪い、男の子から母親を奪い、父親から愛する妻と子供を奪ったのはたった1人の飲酒運転でした。

すべては飲酒運転をした人、そしてその人を止めなかった人々の責任でもあります。

飲酒運転は本人だけでなく、すべての人を危険にさらし、人生を大きく狂わせてしまうことになるのです。

どうか車を運転するすべての人が正しい判断をしてくれる世の中になる事を心から願うばかりです。

「私は自分の人生が大好き」顔面の崩壊が原因でいじめを受ける女の子。困難に立ち向かうその姿に涙が止まらない

世界には悲しいことに、自分と同じでないものを排除しようとする人がいます。

病気により顔面が崩壊した少女も、学校で壮絶ないじめの対象にされてきました。

大きくなる腫瘍、酷くなる顔の歪み、幾度にもわたる手術、どれをとっても彼女にとっては大きな苦痛となりましたが、中でも「いじめ」という体験が彼女を苦しみのどん底へと突き落とします。

しかしながらその中でも希望を捨てずに生きる少女。

彼女が世界中の人々へ向けたメッセージに深く考えさせられます。

崩壊の始まり

カナダ・ノヴァスコシア州に住むサラ・アトウェルさん。

小さい頃はとても明るく、どこにでもいる普通の女の子でした。

ところが大きくなっていくにつれ、サラの継父であるケニーはサラの顔面の右半分が少しずつ垂れ下がっているという事に気が付きます。

両親は娘を病院に連れて行き、精密な検査を受けることとなりました。

そして診断の結果、神経線維腫症を発症していることがわかったのです。

神経線維腫症とは、身体に骨,眼,神経系などに腫瘍や病変が生じる遺伝性の病気であり、サラの場合は顔に腫瘍が発生したことにより、顔の右半分が垂れ下が多状態になっていたのです。

手術により腫瘍を取り除くことは可能ですが、この時サラはまだ幼かったために手術を受けることができませんでした。

さらにサラの腫瘍は良性であったため、大きなリスクを伴う手術を敢行する必要はないという判断が下されたのです。

壮絶ないじめの対象に

しかしながらその後も更の顔にある腫瘍は大きくなり、サラの顔の歪みも大きくなり続けていきました。

そのことはサラに大きな苦しみを与え、心に暗い影を落とします。

なんと、顔のゆがみが原因となり学校で壮絶ないじめに遭うようになってしまったのです。

日常的にクラスメイトにからかわれ、仲間外れにされたというサラ。

しかもその6年間、教師はそれを見て見ぬふりをしていたのです。

サラはつい最近まで両親にいじめの事を言い出せずにいました。

ケニーは娘の苦痛がどれほどのものだったのかを推し量れずにいたことを、悔やんでも悔やみきれないといいます。

サラのメッセージ

苦しみを紛らわせようと、サラは詩を書き始めました。

サラにとって詩を書くことは、胸中の苦しみを外側へ吐き出すための表現方法となっていったのです。

そこでサラは、世界中の人々に向けたメッセージをFacebookに投稿しました、

「皆さんこんにちは!

私はサラです。

私は今16歳で、もうすぐ高校2年になります。

みんないつも私のことかわいいって言ってくれる。

私は常に笑顔です。

周りのみんなは、私がいつもハッピーだって思ってる。

でも、実際はそんなことない。

初めは確か私が小学校5年の頃だったと思う。そのときから、もう6年もずっといじめられている。

全てはこの見た目のおかげ。

:(

私は顔に腫瘍がある、ただそれだけなのに、みんなわかってくれない。

これまでに何度も手術を受けてきた。だけど、あまり見た目には変わりがないみたい。私には、信頼できる友だちは本当に数人しかいない。

みんなにわかってほしい。私は別におかしくないってことを。

いろんな悪口を言われた。バカ、アバズレ、顔デカ女、デブ、不細工。つらい。

必死に気にしないふりをしてるけど、簡単じゃない!

私はいつも目立たないように、静かにしている。

こんな見た目じゃなかったら、って思うこともある。そうしたらこんなにつらいこともなかったのに、ってね!

2010年、私は親友でもあり私のヒーローだった人を失くした。私の乳母をしてくれていた人。彼女は私のすべてだったし、唯一の親友だった。

でも、人生は素晴らしいと感じる日もある。

友だちや家族には感謝してる。みんな、大好きよ。

いつの日かいじめが止まってくれればって思うけど、それまでは私が強くならなきゃね!

観てくれてありがとう

私は自分の人生が大好き。じゃあね!」

勇気をもって自分の意思を世界へ示したサラに、多くの人が心を動かされました。

称賛や励ましのコメントが多く寄せられ、今ではクラスメイトでさえもサラに敬意をもって接してくれるようになったといいます。

17歳になったサラはついに腫瘍切除の手術を受け、幸せな人生を歩き始めました。

サラの強い意思と優しい心は、同じくいじめに遭っている人や病気を患っている人の大きな励みになっています。

【許せない】「SNSでいいねをもらうために…」自撮りをするために白鳥を湖から引きずり出した女性に批判殺到

SNSやスマートフォンの普及により新たな文化として定着してきた「自撮り」。

今その「自撮り」が世間でも問題視されつつあるのはご存知かと思います。

インターネットで自分を発信する中で、大きな注目を浴びたいという人が多くみられるようになってきました。

コンビニの冷蔵庫に入ってふざける様子をSNSに投稿したアルバイトの男性が損害賠償を請求されるなど、行き過ぎた行為により取り返しのつかないことになってしまうケースが多発しているのです。

そして悲しいことに、地球上にはこの自撮りに巻き込まれて命を落とした動物が多くいるのです。

世界遺産で起きた悲劇

ギリシャのマケドニア共和国の観光地でもあるオフリド湖でも、自撮りにより痛ましい事件が発生しました。

このオフリド湖はヨーロッパの中でも最古の湖とされており、観光スポットとしても人気。

「オフリド地域の自然・文化遺産」という形でユネスコ世界遺産にも登録されているほど美しい湖です。

渡り鳥が冬を越すための湿地もあり、白鳥などの渡り鳥が多く訪れる事でも有名なのですが・・・。

ブルガリア人の女性は自撮りを撮ってSNSにアップするため、信じられない行動を起こしたのです。

許されない行動

白鳥の首を掴み、無理やり湖から引きずり出しているこの女性。

彼女はオフリド湖に観光で来ていたブルガルア人で、白鳥と一緒に自撮りをしようとしていたのです。

その様子を目撃した人はすぐさまこの様子を撮影します。

女性のおぞましいほどの笑顔から、一切の悪気を感じることができません。

その後、周囲からの批判の声と冷たい視線に気が付いた女性は、すぐに白鳥から手を離します。

しかしながら、白鳥は自力で湖に戻ることはできず、そのまま亡くなってしまったと地元紙により伝えられました。

白鳥はただそこで泳いでいただけ、なんの罪があって殺されなくてはならなかったのでしょう。

動物は人間のおもちゃではありません。人間と同じ命を持ち、心を持った生き物なのです。

その尊い命よりも優先されるものなどあるはずがありません。

今回のような事件のほかにも、SNSのためだけに食べ物を写真だけ撮って捨てたりと、小さい子供でも理解できていることを平気でしている大人がいるのです。

ネットモラル以前に、人間としてのモラルを今一度考え直してください。

その自撮り写真、本当に必要ですか?

【警鐘】子供に人気のスーパーボールに潜む危険。4歳の男の子が事故発生からわずか16分で天国へ旅立つことに・・・

子供は時として親の予測を超えた行動を起こします。

これくらいは大丈夫だろうと思っていても、いとも簡単にその垣根を越えてきます。

今回ご紹介するのは、子供に人気のスーパーボールによって不慮の事故に遭ってしまった男の子のお話しです。

彼の母親は深い悲しみに包まれながらも、同じ子を持つ親へおもちゃの危険性を広めました。

誕生日パーティーの準備中に・・・

アルビー・デイビスくんに悲劇が起きたのは、もうすぐ4歳の誕生日を迎えるという時でした。

アルビーくんの母・アンナさんは、彼の誕生日パーティーの準備をしていました。

パーティーのお楽しみグッズとしてスーパーボールが用意され、その中の1つで遊んでいたアルビーくん。

そのとき幸せな時間は一転して、悪夢の時間になってしまったのです

アルビーくんから1mほど離れた場所にいたアンナさんは、彼の異変に気が付きすぐに駆け付けます。

そして息子を救いたい一心で、急いで心肺蘇生を行いました。

しかし残念なことに、彼女の大切な小さな男の子は母の腕の中で帰らぬ人となりました。

救急車が到着するまでのわずか16分の間に、アルビーくんは窒息死してしまったのです。

アルビーくんを亡くした両親は、訪れるはずだった彼の4歳の誕生日に泣き息子にメッセージを投稿しました。

アルビーへ


あなたは亡くなってしまったけど、今日私達はあなたの4回目のお誕生日を祝い、あなたを尊敬しています。

今朝、あなたのパパと私は、あなたの手をつないで、あなたの髪を撫でていました。

私は永遠にこうしていられたらいいのにと思っていました。

たくさんの涙で濡れても平気なようにあなたの小さな手首に防水時計を巻き、あなたの大好きなゴールドラメのマニキュアを爪に塗りました。

あなたと過ごした時間は決して十分ではなかったし、私たちの側からあなたが離れていくことは最も耐え難い痛みでした。

私たちの腕はたくさんのハグを欲しています。

私たちの耳は、あなたの笑い声が再び家の中を響き渡ることを願っています。

私たちの心は何百万という思い出によって粉々になっています。

私たちは泣いていますが、あなたと過ごした4年間でたくさんの愛をもらいました。

私たちは、あなたが私たちの生活にもたらした豊かな光に永遠に感謝します。

あなたの目標はいつもはるかに高かったことを知っています。

お誕生日おめでとう。

私たちはいつもあなたのことを想っています。

アンナさんの警告

息子を失うなんて、夫婦にとって心の準備が出来るはずもありません。

しかしアンナさんは、アルビーくんの死を意味のあるものにしようと同じ子を持つ母親に注意を呼びかけます。

実際に事故に遭ったボールをネットに投稿し、50セントコインよりもはるかに大きいボールであったことを訴えます。

更におもちゃの注意書きには『3歳以下の子供には使用させない』と書かれていましたが、アルビーくんはその年齢を超えていました。

しかしいくら表示に書いてあったとしても、いくら大丈夫だろうと思っていても、子供は我々の予想をはるかに超える行動をします。

アルビーくんの早すぎる死は、多くの親たちへ向けての強力な警告となっているのです。

アンナさんが世界へと発信したニュースはまたたく間にシェアされ、多くの人が小さい命の終わりに悲しみ、そして祈りを捧げました。

「最悪の悪夢が現実となって以来、家族が彼から受けた多くの愛に対する深い感謝を表現することは出来なくなってしまいました。

大きな悲しみの時に、あなたの考え、祈り、共感、涙は私達を包み、抱きしめてくれました。

あなた方の圧倒的な寛大さと支えに感謝してもしきれません。」

アルビーくんはこの写真が撮影された40分後に帰らぬ人となりました。

この小さく愛らしい少年のご冥福と、1日も早くご家族の心に平穏が訪れることをお祈りしています。

「私に触れてくれますか?」HIV感染者が街中に立った結果、周囲の人々の反応に考えさせられる

HIV(正式名称ヒト免疫不全ウイルス)は人体をさまざまな病原菌から守るための免疫システムを破壊していきます。

そのため健康状態であれば発症しにくい病気であっても、HIV感染者は発祥してしまうリスクを大きく高めてしまうのです。

日本でもHIVに対する危険性や感染経路、そして予防方法などが保健・体育の授業で教育の一環として組み込まれていますね。

しかし、いつしかHIVに対しての間違った知識が広がり、HIV感染者への偏見や差別が全世界に広がっています。

そんな中、1人のHIV感染者が街角に立ち「私に触ってくれませんか?」という実験を映した動画が話題を呼んでいます。

私に触ってくれませんか?

HIVの主な感染経路として大きく知られているのは、HIV感染者との性交渉です。

その他にも母子感染や血液感染と非常に限られたケースのみ感染が認められており、仮にHIV感染者と生活を共にしていたとしても上記に触れない限りは感染することはありません。

ですが悲しいことにHIV感染について非常に偏った知識や誤解が多く、感染者の多くが差別や偏見が蔓延しています。

そんな中、HIV感染者であるジェンさんはそんな偏見に立ち向かうべくある行動を起こしました。

「私はHIVに感染しています。私に触れてくれますか」と書いたボードを掲げ、街中に立つことにしたのです。

両手を広げ、目を閉じ静かに、しかし堂々と街中に立つジョンさん。

その行動に、通りがかりの人々は深く考えさせられることになりました。

HIVに対する正しい知識

街中に立ったジョンさんへ寄せられた反応はさまざまなものでした。

中には怪訝な顔をして通り過ぎていく人も見られ、このような反応をされるのはよくある事だといいます。

立ち止まりながらも、何かを考えた末に去っていく人もいます。

HIVは触っただけで感染してしまうという、偏った知識を持った人も多くいるのです。

正しい教育を受けている少年は、ジョンさんに近寄りハグをします。

「彼はHIV感染者だけど大丈夫なのよ」と、自らジョンさんに抱きつき子供に教育をする母親の姿も。

ジョンさんは多くの人の行動に深く感謝し、涙を抑えることができなくなりました。

大きな不安と戦いながらも、HIVを正しく理解しえ貰いたいというジョンさんの想いは確かに多くの人へと伝わりました。

HIVはただ触れるだけで感染することはありません。

もちろん感染を予防するのは大切な事ではありますが、そのためにもまずはHIVに対しての正しい知識と、理解ある行動が求められているのです。

【感動】衰弱した猫と怪我を負った犬…。2匹がお互いに支え合う姿に涙が止まらない

2匹の運命の出会い

アメリカのケンタッキー州にある動物シェルターの「Kentucky Humane Society」である日、生後8ヶ月の子犬である「キング」がやってきました。

キングは足を骨折していたのですが、ここ数ヶ月間で何の処置もされておらず、保護してすぐに手術をしましたが完治することができませんでした。

キングが手術を終えてリカバリールームへ移されたのと同時に、生後4週間の子猫「ライラ」が衰弱した状態でやってきました。

ライラは貧血状態となっており、少しも目を離すことができない状態でした。

そんなある日、お互いの姿を見たキングとライラの間に心温まる出来事が起こります。

それは種族を超えて支え合う2匹の姿でした。

お互い支え合うキングとライラの姿

なんと手術を終えたキングは衰弱しているライラに呼びかけるように「クーン…」と呼びかけたのです。

そして弱っていたライラはそれに応えようと小さく「ニャア」と鳴きました。

その様子はお互いを励ましあって支え合っているようにも見えたのだそうです。

また不思議と2匹が一緒に過ごしていると、表情はとても穏やかなものになっていたのだそうです。

キングもライラもお互いが側にいるだけでとても幸せそうな表情をしていますね。

ライラはキングが近づくと嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らすこともあったのだそうです。

そしてキングが横になれば、ライラが側によってくっつくように横になる姿に心が温まります。

お互いになくてはならない存在に

そんな出会いを経た2匹は、翌日になるとリカバリールームの中を散歩するようになりました。

キングが行くところをライラがちょこちょこと付いていき、一生懸命ニャアニャアと鳴いて気を引こうとしていたようです。

そんな様子をキングも優しい表情で見ており、この2匹の絆はとても深いものになっていきました。

キングとライラはお互いになくてはならない存在になっていたのです。

この様子を見たシェルターのスタッフは、この2匹を同時に引き取ってくれる里親さんを募集することにしました。

これだけ絆の深い2匹を引き離すことなど到底できません。

またライラとキングもせっかく出会えた大切な友達と離れたくないと考えているはずです。

いつか優しい飼い主さんに引き取られ、2匹が幸せに暮らしていけるように祈りたいですね。

「今夜この子達と一緒に死のう・・・」交通事故の加害者となり亡くなった男性、残された母と子の苦悩

誰かが交通事故を起こしたとき、不幸になるのは被害者とその家族だけではなく、事故を起こした加害者にも不幸は降りかかります。

家族が事故を起こした場合、その賠償や世間からの風当たりもあるでしょう。

誰も幸せになれない、それが交通事故なのです。

そんな加害者遺族の気持ちを改めて考えさせられる投稿が話題になっていますのでご紹介します。

加害者の思い

交通安全週間のある日、母から二枚のプリントを渡されました。

そのプリントは、交通事故についての注意などが書いてあり、その中には実際にあった話が書いてありました。

それは交通事故で加害者の立場で亡くなった人の家族の話でした。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学二年生、下の子が五歳の男の子の兄弟です。

この人たちは、事故の補償などで家もなくなり、土地もなくなり、住む家もやっとのことで四畳半のせまい所に住めるようになりました。

お母さんは朝6時30分から夜の11時まで働く毎日です。

そんな日が続くある日、三人でお父さんのいる天国に行くことを考えてしまっていました。

(以下、プリントから)

「今夜この子達と一緒に死のう・・・」

朝、出かけにお兄ちゃんに、置き手紙ををした。

「お兄ちゃん、お鍋にお豆がひたしてあります。それを煮て、今晩のおかずにしなさい。お豆がやわらかくなったら、おしょう油を少し入れなさい。」

その日も一日働き、私はほんとうに心身ともにつかれ切ってしまった。

皆で、お父さんのところに行こう。

私はこっそりと睡眠薬を買ってきた。

二人の息子は、そまつなフトンで、丸くころがって眠っていた。

かべの子供たちの絵にちょっと目をやりながら、まくら元に近づいた。

そこにはお兄ちゃんからの手紙があった。

「お母さん、ぼくは、お母さんのてがみにあったように、お豆をにました。

お豆がやわらかくなったとき、おしょう油を入れました。

でも、けんちゃんにそれをだしたら、「お兄ちゃん、お豆、しょっぱくて食べれないよ。」と言って、つめたいごはんに、おみずをかけて、それをたべただけでねちゃった。

お母さん、ほんとうにごめんなさい。

でもお母さん、ぼくをしんじてください。ぼくのにたお豆を一つぶたべてみてください。

あしたのあさ、ぼくにもういちど、お豆のにかたをおしえてください。

でかけるまえに、ぼくをおこしてください。

ぼく、さきにねます。あした、かならずおこしてね。

お母さん、おやすみなさい。」

目からどっと、涙があふれた。

お兄ちゃんは、あんなに小さいのに、こんなに一生懸命、生きていてくれたんだ。

私は睡眠薬を捨て、子供たちのまくら元にすわって、お兄ちゃんの煮てくれた、しょっぱい豆を涙とともに一つぶ一つぶ、大事に食べました。

辛いのは被害者だけではない


このお話を読み終えたとき、私と母の目から、涙が出てきました。

そうして、何度も、何度も、くり返し読みました。

私は、今まで、交通事故は被害者だけが悲しい思いをしていると思っていましたが、このお話を読んで、加害者も、私たち以上に悲しくせつない思いをしていることがわかりました。

毎日、毎日、日本のどこかで、こういう子供たちが生まれているのかと思うと、とてもたまりません。

どうか、お願いです。

車を運転するみなさん、交通事故など、絶対におこさないでください・・・。

(本文まま)

もちろん事故の被害に遭われた方も辛く悲しい日々を過ごしている事でしょう。

ですが家族が起こしてしまった事故により、その子供までが想像を絶するような苦痛に身を置かなければならなくなるのです。

あなたが事故を起こしたとき、もしかしたらあなた以上につらく苦しい思いをさせてしまう人がいるかもしれません。

どうかハンドルを握るときに、そのことを思い出してください。

そして誰も幸せになどなれない交通事故が、この世界からなくなってくれることを切に願います。

「ダウン症は障がいでも、病気でもない」ダウン症の息子を持つ父親の涙の告白に胸を締め付けられる

いまだに無くならないダウン症への差別や偏見。

「ダウン症って何?」

もし知識の浅い子供からこの質問を投げかけられた時、あなたは何を答えますか?

障がい者に対しての偏見や差別が横行している世界だからこそ、大人が正しい知識を子供たちに伝える事の大切さ。

ダウン症を抱える子供を持った父親の告白に、改めて考えなければならないと考えました。

「お父さん、ダウン症って何?」

ダウン症の息子を持つロブ・スコットさんが投稿した1本の動画。

「どうしてもここで伝えておかなきゃと思ったんだ。」

この一言から始まったスコットさんの涙ながらの訴えに、多くの人が心を打たれました。

スコットさんがある日レンタルビデオ店に行った時に、その場にいた父親と子供の会話が耳に入りました。

「ねぇ、お父さん、ダウン症って何?」

あるDVDを手にした子供が、一緒に来ていた父親に尋ねたためです。

ダウン症の子供を持つ親ならば、その答えが気になるのは当然ですよね。

しかしその父親の返答で、スコットさんはとても悲しい気持ちになったといいます。

ダウン症とは・・・

子供に問われた父親は、どのように説明すればよいのか困った様子でした。

そして迷った後に、ダウン症のことを「原因不明の病気だよ。」と言ったのです。

それを耳にしてしまったスコットさん。

子供が手にしていたのはダウン症の子が出てくる映画で、スコットさんも目にしたことがありとても素晴らしいDVDだったといいます。

だからこそ、何も知らない子供に対しダウン症を「病気」と言われてしまったことにショックを隠せません。

しかしその場で特に何を言うこともなかったスコットさんは酷く後悔し、このような動画を公開したのだといいます。

「ダウン症を知らない子供に父親らしき人が、

『ダウン症は病気だ』と言ったことがどうしてもひっかかったんだ。

あのとき僕はどうしてダウン症は病気じゃないと言わなかったのか。」

自分をそう責めると同時に、息子のターナー君にも申し訳なさでいっぱいになりました。

ダウン症は病気じゃない

レンタルビデオ店で何も言えなかったことはスコットさんを苦しめ、同時にダウン症を抱えて生きるターナー君への申し訳なさにも襲われました。

そこで自ら動画を撮影し、ネット上でダウン症や息子についてを訴えることにしました。

「ダウン症は病気でもなく、障がい者かというとそうでもないんです。

ダウン症の息子を授かったことは、人生に起こった最高の出来事であり誇りです。

ダウン症は人より学習能力が低いとか、行動が遅いと多く言われます。

けれどそれは障がいではなく、ダウン症の子供の個性なんだ。

ダウン症の子供は本当に優しく穏やかであり、スキンシップを取ることも好きで素晴らしい個性を持っているんだ。」

心からターナー君を愛しているスコットさんにとって、ターナー君の存在は誇りそのものなのです。

ダウン症の子供たちは得意なもの、不得意なものが顕著なだけであり、それらは障がいを持たない子供たちにも共通するものなのではないでしょうか。

そして苦手は多くあるかもしれませんが、彼らが持つ”心”は私たちと何ら変わらないのです。

それでも差別や偏見がなくならないのは、そういった知識がないために理解しがたい存在としてとらえてしまっているからではないでしょうか。

どうかあなたの子供たちに、ダウン症とは、障がいとは何なのかを正しく伝えてください。

特別でも何でもない、私たちと変わらない優しい心を持った一人の人間であることを伝えてほしいのです。

そして一刻も早く、彼らへの差別や偏見がなくなる世界が来ることを心から願っています。